この別添資料の新聞記事は、下記参考文献に紹介されている資料に加え、中村が検出した資料を併せて作成したものです。
なお、旧漢字の現代漢字への変更、ルビや文字上の飾りの省略など引用者が原文に変更を加えているところがあります(文中の〔〕内は引用者の注記)。
〈参考文献〉
・平木國夫「箱根土地(株)航空部始末」(『航空情報 AIREVIEW』572号、酣燈社)
・渡辺彰子『くにたち:商店街形成史』(株式会社サトウ、)


資料1:『信濃毎日新聞』 、2面、「東京軽井沢間連絡飛行 十六日から実施」
「【東京電話】今春日本パラシユート研究所航空事業部に於て計画調査中なりし東京、軽井沢間定期連絡飛行は種々の関係上延引せるが同飛行計画実施の全般を引受け箱根土地会社航空部の名に依り大体左記の計画に依り実施することに決定昨日香川理事は箱根土地の堤専務と共に南軽井沢馬越原飛行場五十萬坪の調査を行ひ目下同所に於て取急ぎ各種の出願準備中である
一、 使用飛行機十年式一機、搭乗者一名及貨物五十キロ以内
一、 パイロット小川寛爾、大蔵清三、片岡文三郎の予定なるも確定せず
一、 コース及距離飛行時間
第一コース天気良好の時所要時間三十三分立川飛行場より秩父町下仁田町の上空を経て南軽井沢馬越原飛行場に至る山岳上空直線コース百キロメートル
第二コース(雲多き時)所要時間四十分立川、飯能、藤岡を経て高崎に出て安中、松井田を経て南軽井沢馬越ヶ原飛行場に至る百二十キロメートル
一、実施期及び時間 八月十六日より九月五日まで毎週日火木土四往復(午前九時立川発午後四時南軽井沢発)
一、目的 航空路の開拓山岳地帯飛行の研究及び、山岳地帯にパラシユート利用の関係等」


資料2:『信濃毎日新聞』 、2面、「東京軽井沢間の定期航空」「東京から軽井沢へたつた五十分 乗客は一名十圓で運ぶ 逓信省の認可を受けたのはこの定期航空が初めて」
「 箱根土地会社の航空部では来る十六日を皮切りに毎夏国立(東京府下)南軽井沢間の定期連絡飛行を実施することになつて、今度逓信省の認可をうけた。
飛行機は十年式偵察機を使用し、隔日に東京、南軽井沢間を往復する予定だが当分は午前九時に国立飛行場を出発し同五十分に南軽井沢馬越飛行場に着陸、午後四時帰航する筈である。
運賃は乗客一名片道十圓、貨物は一キロ六十銭で託送に応ずる。逓信省の認可をうけて正式に定期輸送に従事するのはこれが全国で初めてである。」


資料2-2:『信濃毎日新聞』 、2面、「東京軽井沢間の定期航空」「初飛行記念に冒険飛行 パラシウター日野氏の妙技」
「 初連絡飛行を記念するため箱根土地会社の主催となり本社がこれを後援して十六日午後一時から沓掛千ヶ瀧の上空でこれも民間でたつた一人のパラシウター日野俊雄氏が落下傘の降下、翼上曲技、縄梯子吊下などの冒険飛行を決行する操縦者は一等飛行士小川実〔寛〕爾氏」


資料2-3:『信濃毎日新聞』 、2面、「沓掛で飛行機の大曲芸 見学団員を募る」「初飛行に本社が後援して」「千ヶ瀧高原に涼味を追ふて 見学をかねての団員を募ります」
「 本社はこれを賛しこの冒険飛行見学をかね一日千ヶ瀧高原に涼を追ふため団体員を募集します。なほ団員のためには千ヶ瀧温泉も開放されます。
期日 八月十六日
午前七時十五分 長野駅発
午前十時三分 沓掛駅着
【自動車で千ヶ瀧へ】
午後四時四十七分 沓掛駅発
午後七時七分 長野駅着
会費 二圓八拾銭
但し、小児は一圓八十銭です。会費は汽車賃自動車など賃弁当代を含みます
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資料2-4:『信濃毎日新聞』 2面、「沓掛で飛行機の大曲芸 見学団員を募る」「初飛行に本社が後援して」「上田支局でも団員募集 会費は二圓に小児は一圓三十銭」
「 なほ上田駅から御乗車を希望される読者のための団員も募ります。会費は二圓(小児一圓三十銭)で列車は前記のものへ御乗込を願う訳です。申込は本社上田支局宛のこと。満員とならぬうちに申し込み下さい。」



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「 沓掛千ヶ瀧の高原に納涼の一日をかねての曲芸飛行見学団は明十六日長野団体は午前七時十五分発、上田団体は同八時廿三分発の列車で出発する沓掛駅着は同十時三分一行は駅前で少憩しその間に思ひ思ひ自動車で千ヶ瀧遊園へゆく高原一帯は初秋を思はせるような涼風が軽く肌をなでヽ落葉松から白樺の杜へと消えてゆく霧が限りなく団員の遊思を誘ふであらう付近の千ヶ瀧温泉は一行のために開放されることになつてゐるから一浴して俗塵を洗ふもよい 一行は遊園地の休憩所で昼飯をすませ午後一時から曲技飛行の見学に移りそれが終ると各自高原の初秋を訪ねながら午後四時半までに沓掛駅に集合し同四時四十七分発の列車で帰途につく予定であるなほ十六日朝が雨天の際は十八日に延期する」


資料3:『東京日日新聞』府下版 8面、「鮮魚を積んで一気に飛ぶ 立川軽井沢輸送飛行 きのふ予想外の成功」
「 立川軽井沢間(百十キロ)定期旅客輸送飛行の第一回は既報の通り十六日決行日本飛行学校教官小川寛爾氏同校のアポロ機百廿馬力を操縦 魚河岸から著いたばかりの大タコ、タイ、マグロ、アワビ等を同乗させて午前十時十五分立川飛行場を出発同十一時軽井沢千ヶ瀧の高原飛行場に到著即日立川に帰還したが高原地帯を離著場として避暑客を輸び気象の変化激しい山岳を突破に成功したといふので航空界に一大センセイシヨンを起こしてゐる二日は十八日立川から国立大学町に著陸同所の廿四間道路を滑走の上離陸しそこから一気に軽井沢へ飛ぶ筈で道路を離陸場として飛ぶのはわが国においてはこれを以てこう矢とすると(写真は海の珍客を積んで立川飛行場を出発する處)」


資料4:『東京日日新聞』府下版 8面、「第一回に確信を得て 軽やかに飛ぶ=立川軽井沢間飛行 非常に愉快と小川氏語る」
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百十キロの航路で高原飛行場を離著陸場とし気象の変化激しい山岳地帯を突破するのだから多少の懸念もあつたが決行の結果はわれながら意外の好成績でいろいろな点において得るところが多かつた、激しい雲霧の襲来には相当妨げられたがこれとても一度往復して見れば大した障碍でもなく何しろ山岳と高原の雄大なる大観をほしいまゝにする事ができて汽車ならば半日かゝるところを一時間足らずで避暑地行きが実現されたのだから自分としても非常な愉快を感じてゐる」


資料5:『東京日日新聞』 7面、「雑記帳」
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資料6:『東京日日新聞』府下版 昭和2年8月20日、8面、「飛行隊だより」「旅客輸送延期」
「 立川、軽井沢間定期旅客輸送飛行の第二回帰航は十九日午後立川に帰還したが廿一日の第三回は機体整備の都合上次の火曜日に延期された」


資料7:『東京日日新聞』府下版 8面、「立川箱根間にも定期輸送飛行 今秋から開始の予定 飛行場を蘆の湖付近に」
「 箱根土地会社航空部の立川軽井沢間定期旅客輸送飛行は九月五日で本年夏期の輸送を終了の予定であるが同航空部では今秋からさらに立川箱根間の定期旅客輸送飛行を開始する事となり数日前航空局にその手続きをなしたがこの輸送飛行は四季を通じて行はれ蘆の湖付近を飛行場としそれまでに同航空部直属の飛行機を新調する筈で操縦者も直属となるが追つては出発地点を立川から国立に移す事になつてゐると」

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資料8:『東京日日新聞』府下版 8面、「立川から箱根へまつしぐら 計画は面白いが許可に手間どれそう 箱根土地の定期飛行」
「 立川在、国立大学町箱根土地株式会社と箱根蘆ノ湖遊覧会社合同計画にかゝる、東京、箱根間の定期旅客輸送飛行については専属飛行士との交渉も進み目下逓信省に向つて認可の手続き中で明年三月頃から事業を開始する予定だが、東京の離著陸場を立川町とするか、或は国立大学町の箱根土地経営地内に設くるかについては、逓信省の意向決定をまつてきめる筈で、逓信省としては計画者側において会社の宣伝を目的とするものではないかといふところから、右申請に対し徹底的の調査を行ふといふが一方蘆の湖付近には現在適当な離著陸場の設備がなく、かつ同方面は気流の変化の激しいヶ所とあり、これ等についても計画者側においてなほ一段の研究施設を要するものあるから〔ママ〕、右計画の実現までにはなほ相当の曲折を見るだらうと」


資料9:『東京日日新聞』府下版 12面、「まづ飛行場調査 立川―箱根間の 旅客輸送計画」
「 立川、箱根間の旅客輸送飛行を計画した箱根土地会社航空部の鈴木飛行士は十六日立川飛行場につき離著陸その他に関する実地調査を行つたが右につき同飛行士は語る
今度の計画は明春にも実現しやうといふのでいろいろ手続きを急いでゐるが立川飛行場は国立の経営地五十萬坪の地を飛行場として完成する以前において一時的に使用を許可してもらひたいと思つてゐる昨年試験的に行つた立川、軽井沢間の旅客輸送も明年から正式に開始する筈で箱根への輸送飛行とともに外人方面からも非常な期待をつながれてゐるから計画者側では最善の努力を以て計画実現の歩を進めてゐる」


資料10:『東京日日新聞』府下版 8面、「今年は辰年 飛ぶぞ飛ぶぞ」「征空の翼揃へて 立川飛行界計画いろいろ 空の都……意気正に昇天」
「 東日本航空界の中心地立川町の各飛行機員が昨年中目ざましい活躍ぶりを見せたが昭和三年の計画は各方面から非常な期待をつながれてゐるが以下同町各飛行機員の計画大要を掲げてみると
〔中略〕
箱土地航空部 昨夏はじめての試みを立川、軽井沢間に実施して避暑地への旅客輸送飛行に成功した箱根土地会社航空部では本年もこれを続行して実用化の徹底を期する事になつてゐるが更に三四月頃から立川、箱根間の旅客輸送飛行を実施する筈ですでにその手続きもすみ飛行機の新調、飛行士の採用等も着々取りまとめの歩を進めてゐる」


資料11:『横浜貿易新報』 3面、「やつと思叶つて蘆の湖着水 昨日黒米飛行士が美事に 箱根の土地の大努力」
「 東京箱根間旅客輸送飛行は富士屋及箱根土地で年来の計画を立て屡屡試験飛行を行つたが何れも山間盆地へ下降する事とて不可能とされてゐたが箱根土地の熱心なる努力で遂に十七日午前九時半黒米一等飛行士操縦アプロ百十馬力水上機が見事芦の湖に着水し秘輸〔ママ〕は遂に握られて東京箱根間旅客輸送計画の実現を示し航空路は開拓されたが同機は十六日津田沼を発して箱根上空に来り其外側の真鶴沼津の上を飛び箱根山内に入る航空路選択を研究したが一先づ岩村海岸に着水して休養一泊の上十七日早朝出発し研究した真鶴より二子山を抜ける航路を採り芦の湖上に出で気球〔ママ〕を研究して上空百米突を二周し塔ヶ島を避けて沖合より箱根町への方向に見事着水し桟橋沖合二百米突に停止したが尚此為数日来出張滞在中の別府逓信省航空官は語る
盆地でしかも気流の悪い所丈に慎重に研究を重ね本日も悪気流を特に衝いてこの成功を収めたので旅客輸送実現には確実なる自信を得た尚自分は今一の着陸場たる蘆の湯穂無平を検分して帰京するが何れにしても離着水(陸)可能が証明された以上東京箱根間の航空実権を握つたのは同慶に耐えない
と此の開拓と前途を極めて祝福した尚コースは東京大森より鉄道線路沿ひで西下し海上に出で真鶴より二子山へ入るのである」


資料12:『東京日日新聞』府下版 12面、「蘆の湖で 離著水飛行」
「 立川在国立町箱根土地会社航空部ではかねての計画である東京箱根間往復旅客輸送飛行の第一回試験を去る十七日執行、引続き同社専属の黒米一等飛行士が水上機を操縦、箱根蘆の湖で離著水を中心とする試験を行つてゐるが、国立の本社への通知によると成績は頗る良好でこれによつて会社では来月中に本式の旅客輸送飛行を開始する筈だと(写真は蘆の湖の離著水試験)」


資料13:『横浜貿易新報』 5面、「本牧下田間新航空路創設 箱根遊船の新事業 一週二回の定期飛行予定」
「 箱根土地会社航空部事業たる東京箱根間旅客輸送飛行計画は既報の如く難問題の芦の湖着水に見事成功して実現する事となり主として箱根遊覧会社が之に当り目下はアプロ機百二十馬力『箱根號』を湖上に浮べ黒米、坂本両一等飛行士が連日全山遊覧コースの研究及練習を行つて来たるべき春の大活躍を期待してゐるが更に東京下田間海上百二十七キロのコースを新設する事となり交渉の結果下田では大歓迎で既に離着水場の選定を終つたので近く試験飛行を行ふ事となつたが研究の結果起点は横浜本牧海岸の地形が好適として之に改めるか試験に好成績ならば本牧下田間百八キロ所要時間一時間十分で一週二回の定期航空とする筈で当初は新聞紙及鮮魚輸送を行ふので両地漁業組合も大乗気で後援してゐるが此コース完成後更に下田清水間六十一キロの新航空路に着手する筈」


資料14:『東京日日新聞』府下版 12面、「国立の大学都に飛行機の高著陸場を作る 施設も完備して刮目されるその発展」
「 国立大学都はその後非常に都市の形態をなし現在五千余の戸数となり逐日発展を続けてゐるが駅前から真面の道路は幅員百二十間延長三十町の堂々たるもので昨年秋よりの計画中であつた同道路の一部に飛行機の高著陸場を設ける事になり目下それについてのいろいろな設計がなされてゐるが道路下水の設備等も素晴らしいもので将来大都市としての基礎が造られてゐるので国立も今秋中央線の電化と共に急激な発展を見るであらうといはれてゐる」